2009年11月25日 (水) 20:08:00
10月の貿易統計から何を読み取るか?
本日、財務省から10月の貿易統計が発表されました。輸出が5.3兆円、輸入が4.5兆円、差引き貿易収支が8071億円の黒字と、市場の事前コンセンサスに比べて、輸出が上振れ、輸入が下振れ、貿易収支は大幅に上振れとなりました。まず、いつもの日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。
次に、いつものグラフは以下の通りです。上の2つのパネルは輸出入とその差額たる貿易収支です。左軸の単位は兆円です。一番上のパネルは季節調整していない原系列、真ん中のパネルは季節調整済みの系列、一番下のパネルは季節調整していない原系列の輸出金額の前年同月比を価格と数量の指数で要因分解したものです。左軸の単位は前年同月比パーセントです。

日経新聞の記事なんかは、メディア独特のかなり悲観的な論調を展開してるんですが、おそらく、市場では輸出が盛り返したと評価されているような気がします。季節調整済みの系列で見て、輸出は9月の前月比+0.6%増から10月は+2.5%増まで、夏場の横ばい傾向から10月になって回復を再加速させました。やや不思議な気はします。単月の数字ですから、これから少し振れる可能性はあります。でも、この傾向は上のグラフでも真ん中のパネルや下のパネルで明瞭に読み取れると思います。日経新聞は輸出が前年同月比でまだ8割にしか回復していないと嘆いていますが、むしろ、輸入が前年同月比で▲35.6%減と、2/3 にも達していないことの方が重要だと私は受け止めています。内外の景気回復の差が出ています。外需に比べて内需の回復が遅れていることは上のグラフからも明らかです。もっとも、輸入金額の落ち込みは為替の円高傾向にサポートされており、この先、輸出に何らかのマイナスの影響を及ぼすと私は考えています。これは従来の主張から変わりありません。
現在の金融政策を前提とすれば、為替の円高傾向は定着しつつあるように私は感じています。政府の内需拡大策と円高の両者から、外需依存を脱して内需拡大に成功するか、2番底や景気腰折れにつながるか、どちらかの可能性があり得ます。現在の政府と日銀の経済政策はややギャンブルを張っているように見受けられなくもありません。
財務省が25日発表した10月の貿易統計速報では、輸出額が前年同月比23.2%減となった。減少率は9月より7.4ポイント縮小したが、輸出額の水準自体は前年同月の8割にとどまる。2008年9月の「リーマン・ショック」から1年以上たっても、日本の輸出は本格的に回復していないといえる。
昨年秋からの金融危機で、米国の過剰消費に頼った世界経済の成長メカニズムは壊れた。米国の経済が悪化するとともに、米国向けの家電や玩具などを生産していたアジアの製造拠点の稼働率も低下した。
その結果、日本の輸出は米国向けもアジア向けも大幅に減少した。外需の落ち込みが響き、日本の実質経済成長率は08年10-12月期、09年1-3月期とも2ケタのマイナス成長となった。
次に、いつものグラフは以下の通りです。上の2つのパネルは輸出入とその差額たる貿易収支です。左軸の単位は兆円です。一番上のパネルは季節調整していない原系列、真ん中のパネルは季節調整済みの系列、一番下のパネルは季節調整していない原系列の輸出金額の前年同月比を価格と数量の指数で要因分解したものです。左軸の単位は前年同月比パーセントです。

日経新聞の記事なんかは、メディア独特のかなり悲観的な論調を展開してるんですが、おそらく、市場では輸出が盛り返したと評価されているような気がします。季節調整済みの系列で見て、輸出は9月の前月比+0.6%増から10月は+2.5%増まで、夏場の横ばい傾向から10月になって回復を再加速させました。やや不思議な気はします。単月の数字ですから、これから少し振れる可能性はあります。でも、この傾向は上のグラフでも真ん中のパネルや下のパネルで明瞭に読み取れると思います。日経新聞は輸出が前年同月比でまだ8割にしか回復していないと嘆いていますが、むしろ、輸入が前年同月比で▲35.6%減と、2/3 にも達していないことの方が重要だと私は受け止めています。内外の景気回復の差が出ています。外需に比べて内需の回復が遅れていることは上のグラフからも明らかです。もっとも、輸入金額の落ち込みは為替の円高傾向にサポートされており、この先、輸出に何らかのマイナスの影響を及ぼすと私は考えています。これは従来の主張から変わりありません。
現在の金融政策を前提とすれば、為替の円高傾向は定着しつつあるように私は感じています。政府の内需拡大策と円高の両者から、外需依存を脱して内需拡大に成功するか、2番底や景気腰折れにつながるか、どちらかの可能性があり得ます。現在の政府と日銀の経済政策はややギャンブルを張っているように見受けられなくもありません。
2009年11月24日 (火) 20:12:00
ゴロゴロして過ごした3連休を振り返り、大学のスクールカラーを考える
昨日までの3連休は青山の家族の元に帰って家でゴロゴロして、めずらしく、21日の土曜日がお休みだったおにいちゃんとともに、特に私は外出しませんでした。ということは、女房と下の子が外出したわけで、女房は大学の同窓会があって、なぜか、下の子を連れて出かけました。まあ、この年齢に達したら同伴者アリというのは、私のような配偶者や子供達を想定しているでしょうから、十分に考えられることです。下の子は食べ放題のスモークサーモンやお寿司をつまんだそうです。下の写真は大学構内の下の子です。私は京都で大学時代を過ごしましたので、東京にある大学の時計台は全く馴染みがありません。

ということで、なぜか、今夜は大学のスクールカラーを考えます。私の母校である京都大学は先に出来ていた東京大学とともに、スクールカラーを考えるに当たって、英国のオックスフォード大学とケンブリッジ大学をマネて、東京大学がケンブリッジ大学の淡青を、我が京都大学がオックスフォード大学の濃青に決めたそうです。もちろん、その時代に私が立ち会ったわけではありませんから伝聞です。ですが、このような話を聞かされた私としては、何となく、大学のスクールカラーは青系統だと勝手に決めています。下の表は私の考えつく大学のスクールカラーです。基本は母校の京都大学や奉職している長崎大学などの青系統を中心に、長崎から近い九州大学も青系統ではないのになぜか含めています。
長崎大学のコスミックブルーというのは不勉強にして聞いたことがないんですが、細かく DIC183 と色番号まで決めています。また、京都大学は RGB=(0,38,111)、とか、筑波大学は html#6600cc などと厳格にしている大学もあれば、九州大学のように厳密にせず、ある程度の自由度を保つ場合もあります。私の直感ながら、wikipedia のスクールカラーを見た範囲では、東京にある私大では青系統以外の色もいっぱいあるような気がします。ちょうど1か月前の10月24日に我が家のおにいちゃんの中学校の体育祭に行った時、桜組とかでピンクの鉢巻きをしていたんですが、ピンク系統もあります。
最後に、大学のロゴマークについて、地域の植生をよく表していると私は受け止めています。京都大学の時計台前のオークの木は例外なんでしょうが、例えば、東京大学は銀杏の葉です。そういえば、東京都のマークも銀杏です。私のホームグラウンドの霞が関近辺も、青山からほど近い神宮外苑の絵画館前の並木も銀杏です。筑波大学は五三の桐葉ですし、九州大学は松葉です。南国九州の長崎に来て、棕櫚や蘇鉄などのいかにも南方の木を見かけますが、銀杏はあまり目にしません。

ということで、なぜか、今夜は大学のスクールカラーを考えます。私の母校である京都大学は先に出来ていた東京大学とともに、スクールカラーを考えるに当たって、英国のオックスフォード大学とケンブリッジ大学をマネて、東京大学がケンブリッジ大学の淡青を、我が京都大学がオックスフォード大学の濃青に決めたそうです。もちろん、その時代に私が立ち会ったわけではありませんから伝聞です。ですが、このような話を聞かされた私としては、何となく、大学のスクールカラーは青系統だと勝手に決めています。下の表は私の考えつく大学のスクールカラーです。基本は母校の京都大学や奉職している長崎大学などの青系統を中心に、長崎から近い九州大学も青系統ではないのになぜか含めています。
| スクールカラー | 大学名 | 色名 |
| 東京大学 | 淡青 | |
| 京都大学 | 濃青 | |
| 大阪大学 | スカイブルー | |
| 筑波大学 | 筑波紫 | |
| 九州大学 | ワインカラー | |
| 長崎大学 | コスミックブルー |
長崎大学のコスミックブルーというのは不勉強にして聞いたことがないんですが、細かく DIC183 と色番号まで決めています。また、京都大学は RGB=(0,38,111)、とか、筑波大学は html#6600cc などと厳格にしている大学もあれば、九州大学のように厳密にせず、ある程度の自由度を保つ場合もあります。私の直感ながら、wikipedia のスクールカラーを見た範囲では、東京にある私大では青系統以外の色もいっぱいあるような気がします。ちょうど1か月前の10月24日に我が家のおにいちゃんの中学校の体育祭に行った時、桜組とかでピンクの鉢巻きをしていたんですが、ピンク系統もあります。
最後に、大学のロゴマークについて、地域の植生をよく表していると私は受け止めています。京都大学の時計台前のオークの木は例外なんでしょうが、例えば、東京大学は銀杏の葉です。そういえば、東京都のマークも銀杏です。私のホームグラウンドの霞が関近辺も、青山からほど近い神宮外苑の絵画館前の並木も銀杏です。筑波大学は五三の桐葉ですし、九州大学は松葉です。南国九州の長崎に来て、棕櫚や蘇鉄などのいかにも南方の木を見かけますが、銀杏はあまり目にしません。
2009年11月23日 (月) 20:44:00
東野圭吾『どちらかが彼女を殺した』と『私が彼を殺した』(講談社文庫) のネタバレ

大学祭の週ということもあって、この3連休に先立つ少し前から東京に戻ったものの、特に何をするでもなく、また、新型インフルエンザで外出もままならず、連日の読書感想文の日記です。今日は、東野圭吾さんの『どちらかが彼女を殺した』と『私が彼を殺した』です。いずれも講談社文庫で読みました。どちらも、加賀恭一郎シリーズで、さらに特徴的なのは、犯人が文中で特定されないことです。すなわち、作者は犯人を教えてくれません。その代わりといっては何ですが、文庫本では最後に袋とじ解説「推理の手引き」が犯人特定の手助けをしてくれます。それでも、鈍い人は分からないだろうということで、私のようなお節介がネタバレと知りつつブログで自説を主張する、というわけです。囲みの中に私の考える犯人を理由とともに書いてあります。フォアグラウンドもバックグラウンドも同じ色に指定してあるので、そのままでは読めません。どうしても読みたい向きは、マウス・ドラッグで範囲指定して文字色を反転させればOKです。未読の場合、あるいは、読みたくなければ、そのままでどうぞ。なお、すべてを確認できるハズもありませんが、私の見方はネット上の多数意見と一致しているんではないかと自負しています。
『どちらかが彼女を殺した』
犯人は佃潤一です。犯人は佃潤一か弓場佳世子のどちらかなんですが、非常に単純化して利き腕だけで判断すると、弓場佳世子が和泉康正に命じられて睡眠薬の袋を破った際に、左利きであることが和泉康正と加賀恭一郎に視認されたと考えられます。自殺に見せかけるために電線コードの被膜を包丁で削ったのは右利きの人物ですから、やや消去法ながら、佃潤一が犯人となります。
『私が彼を殺した』
犯人は駿河直之です。雪笹香織と駿河直之と神林貴弘の3人はいずれも自殺した浪岡準子の作った毒カプセルを何らかの形で入手したんですが、実際に、穂高誠のピルケースに混入できる機会を持ったのは駿河直之だけです。そのチャンスとは、結婚式の直前に、ピルケースが花嫁の神林美和子から雪笹香織、さらに、後輩である西口絵里から駿河直之を通じて、最後はホテルのボーイから穂高誠に渡った際です。駿河直之は事前に何らかの方法で穂高誠の前妻のピルケースを入手あるいは発見し、これが穂高誠のとおそろいだと知っていました。おそろいのピルケースに毒カプセルを仕込み、この受渡しの際にすり替えました。従って、毒カプセルの入っていたピルケースに付着していた身元不明の指紋とは穂高誠の前妻であると考えられます。
2009年11月22日 (日) 17:28:00
青山七恵『かけら』(新潮社) を読む

昨日、読書感想文の日記をアップした『神様のカルテ』ほどではありませんが、やや新しい文芸書で、青山七恵さんの『かけら』(新潮社) を読みました。青山さんは3年近く前に「ひとり日和」で第136回芥川賞を受賞していて、私のこのブログでも2007年2月14日付けで紹介しています。この単行本『かけら』には3編の短編が収められており、本のタイトルと同じ「かけら」のほか、「欅の部屋」と「山猫」が収録されています。やや旧聞に属する話題ですが、半年ほど前の5月に発表された第35回川端康成文学賞は表題作の「かけら」に授賞されています。広く知られた通り、川端賞は短編を対象とした文学賞で、青山さんは最年少の受賞者だそうです。一部のウワサですが、ハズレの少ない文学賞としても有名だそうです。私がチェックしたわけではありません。念のため。
昨日アップした『神様のカルテ』が純文学ではなかったから、というわけではありませんが、この『かけら』に収められた短編は純文学の香り豊かな作品ばかりです。青山さんは、「ひとり日和」と「かけら」の間に、『やさしいため息』という本を書いていて、私も本屋さんの店頭で見かけた記憶がありますが、買い求めませんでした。1999年の平野啓一郎さんの「日蝕」以降のほぼ10年間、私の見たところ、芥川賞受賞者では川上未映子さんが頭抜けた存在だったんですが、今年上期の津村記久子さんの「ポトスライムの舟」もまずまずの評価でしたし、青山さんも将来性豊かな作家だと改めて認識しました。私の書くような経済学のペーパーには人間がどこにも出て来ないんですが、文学では人間の心の動きというものが非常にデリケートなタッチで表現されていると、これまた、改めて認識させられました。「かけら」における父と娘、「欅の部屋」における結婚直前の男性の別れた女性、小麦への思い、「山猫」における新婚早々の女性の親戚の女子高校生に対する意識、短いページ数の中で過不足なく伝えたいことが十分に書けていると感じました。文体もしっかりしています。
川端賞受賞ということもあり、たいていの図書館には所蔵されていると思いますから、多くの方が手に取って読むことを願っています。
2009年11月21日 (土) 16:28:00
夏川草介『神様のカルテ』(小学館) を読む

夏川草介『神様のカルテ』(小学館) を読みました。ご存じの通り、ベストセラー街道驀進中です。私が見た範囲では、ちょっと古いデータですが、11月6日から11月12日の1週間におけるオンライン書店本やタウンの週間ベストセラーを見ると単行本フィクションの部で村上春木さんの『1Q84』上下に続いて4位に入っていました。もっとも、もうすぐデータ更新があると思います。まず、『神様のカルテ』のサイトから画像ごと引用したあらすじは以下の通りです。

そして、さらに、私のブログの大きな特徴となっているフラッシュへの直リンですが、今回は小学館の『神様のカルテ』のサイトにあるフラッシュに直リンしています。登場人物の相関図です。人物名をクリックすれば、もう少し詳細なキャラクターが現れます。主人公夫妻を中心に、メインの舞台は主人公が医者ですから病院、しかも、24時間365日をうたい文句にしているコンビニみたいな本庄病院なんですが、暮らしている御嶽荘の住人もクセのありそうな人物がピックアップされています。なお、フラッシュの一番上の行では「本庄医院の人々」となっていますが、「本庄病院」の間違いだと思います。他はすべて「本庄病院」で統一されています。
純文学として受け止めて、あくまで文学作品として評価すれば、少し疑問が残るかもしれない点がいくつかないでもありませんが、文句なしのベストセラーであることは読めば理解できます。読んでいて、あらすじにもある通り、終末期治療という重いテーマにもかかわらず、読後感はさわやかです。独特の漱石チックな文体も違和感ありません。しかし、どちらかというと、私のような中年向きではなく、多感な思春期くらいの少年少女文学の系統と考える人がいるかもしれません。事実、私もこの3連休の少し前から東京に戻っているんですが、我が家の中学生のおにいちゃんはすぐに読み終わりましたし、下の小学生の子も熱心に読み進んでいます。いずれにせよ、文句なしの5ツ星です。ひょっとしたら来年の直木賞の有力候補かもしれません。多くの方が手に取って読むことを願っています。

